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その時シスタスが生まれた

こんにちは。
シスタスの帰国子女の方の上野です。

今回は、人間なら誰しもが気になるお笑いコンビ“シスタス”の歴史を書かせていただきます。


2008年 4月
ある団体の新歓で高橋と上野は知り合う。高校の友達と参加した上野。一人で参加した高橋。偶然同じテーブルだった二人は意気投合。新歓パーティー後に何人かと夜飯を食べる。アドレス交換をし、別れた二人。高橋はその夜、いい夢を見る。


2008年 夏
上野は高橋にメールをする。高橋がどこのサークルにも入っていないことを知る。その日の夜、上野は9時半に寝る。


2008年 11月
上野はニューヨークのタクシー内で携帯を置き忘れる。その時の上野は、「あんなにタクシーって早く去って行くんだね」と有名なフレーズを残す。


2008年 12月
上野は高橋を知る友達から高橋のアドレスを聞く。しかし、メールはせずに2008年を終える。その年、上野家にサンタは来なかった。


2009年 1月
新年の目標を“challenger”と掲げた上野は唐突に「お笑いに興味ある?コンビ組もうぜ」と高橋へauの携帯からメールする。返信メールがとても早かったと当時の上野は語る。返信内容は「興味ある!」そして数えきれないほどのビックリマーク。「あんなにビックリマークをメール内に入れて法的に大丈夫なのですね」とカルチャーショックを受ける上野。高橋は一年で許されるビックリマーク数をその日に全て使ってしまったことを当時のクラスメイトに話している。二人の“その時”まで後10日。


2009年 その時
上野はコンビ名の候補をいくつか携帯のメモ帳に書きこんでいた。名前は全て花の名前。上野は花言葉でコンビ名を探していたのである。彼は以外とロマンチストだった。
たまたま日吉メディアで再開した二人。上野の第一候補は“ライラック”。花言葉“再開”。ちゃんと再開したのは約10ヶ月ぶりだったからである。
高橋の候補の一つに“ピーマンブラザーズ”。上野の顔から笑みが消えたことは書くまでもないだろう。
候補リストの中に高橋の目に止まったものがあった。“シスタス”花言葉“人気”。うなずく二人。その時シスタスが生まれた。



その後、期末試験が終わった2月、菊名の線路横の駐車場で立ち稽古を週一のペースで行うシスタス。

そして4月、シスタスのO-keisライフが始まる。

以上です。
お楽しみいただけましたか?



次は山本くんお願いします。

「その時シスタスが生まれた 」へのコメント

No title

シスタスの由来ってそうだったんだ

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